2008年
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5月15日 着物の稽古を再開
ムビラの修行を進めショナ文化を知れば知るほど、日本人としての伝統を知っておきたい気持ちに駆られます。 交際的であるほど、私の中の日本をしっかりと引き継ぎたい。
私の実家は、呉服屋でした。母屋と呉服店はつながっていて、いつも身近にあった反物たち。 中学生のころは、母に毎週半強制的に着付けの稽古をさせられましたが、反抗して中途半端でした。
祖母が他界や病気になりたくさんの着物が残されています。母の物も私の物も実家にたくさんあります。この美しい着物たちを私は引き継がなければならないのに、今の私には技術も知識も中途半端にしかない。
昨年父が他界し、先週一周忌も終わりました。母は、今年還暦ですが、人はいつ健康を損ねるか分からない。
今のうちに母に習い、文化を引き継ぎたいと真剣に思うようになりました。そういう環境に生まれたのだから、それも使命かなと思うのです。
月一回ずつでも実家に通い着付けの稽古をして、最終的に人にも着付けができるぐらいになったらいいなあと思い、着付けの稽古を再開です。
ただ自分で着るだけだったら今でもできます。
でも、着物はいつどこで何を着たらよいのか、決まりごとが多い。
紬、絣、絽、紗、ちりめん、染めの名前、織りの名前、名称の意味を覚えるのも一苦労です。両親が着物の専門用語を日常話す環境で育ったので、名称自身は知っていても正確な意味を知らないのだと、つくづく思いました。
染めも織りも日本各地に名産があります。
大島紬、小千谷紬、黄八丈、紅型、越後上布、能登上布。
かつて日本の地方は色とりどりの名産を持っていたのだと気が付かされます。それが今、廃れてしまっていることが、世界の中で固有の文化がなくなっていくことと同じように悲しい。
家紋の見本帳、染めの見本帳など、呉服の専門書も実家にあったので、絵本のように小さいときから見ていました。大人になって、久々にじっくり見ると、日本の伝統デザイン大胆さ巧緻さを感じてドキドキしてきます。
伝統は緩やかに変化していくけど、何百年、何千年という年月を人々が引き継いできた時の重みは、その伝統の端にある私に深い精神的安定を与えてくれます。
4月22日 生きるために野に出よう
以前から野菜ぐらい自分で栽培できなければと思っていました。
せっかく一軒家を借りているのに、雑務に追われ、鉢でハーブを育てるぐらいで、庭を整備できずにいました。
ジンバブエでは、都市部に暮らす人もみんな庭や空き地、道路わきなどにもトウモロコシやサツマイモを育てていていました。私も毎日水をあげたり手伝っていました。彼らは、経済危機が増すにつれ、道路わきの畑率が増すので、みんな必死に食糧確保しているのでしょうが。
しかし、日本だって、安全な食糧が手に入らなくなる未来が来ることは十分考えられます。状況が悪くなっても、生きていく強さがほしい。
今から、野菜の育て方を思え、農業が少しはできる人に成りたいと真剣に思っていました。
他界した祖父が敷いた庭石をどけて、土をおこし小さな自分の畑を作りました。土は、足りなかったので園芸屋で買ってしまったし、母が余っていた化学肥料を蒔きました。あまり自然農法ではなくなってしまった。でも、植木鉢ではなく畑を作ったので、これから土を育てながら毎年植えていくことができるでしょう。自然の農法について、美味しい野菜の育て方などを友人たちと話せたらうれしいです。
今年は、サトイモ、しょうが、トマト、きゅうり、唐辛子を植えました。
お昼から夕方まで費やしてしまったけど充実した心地が残りました。
生きているという前向きなすがすがしい気持ちです。
看護の仕事に絵にムビラ、日々は忙しいけど、掃除したり、料理したり、庭に出て畑の手入れをしたり、そういう生活することをちゃんとやれると今自分は生きているって、思えます。
生活することを味わいながら生きて生きたいのです。
5月15日
着物の稽古を再開
4月22日
生きるために野に出よう